私の青春の足跡 短編小説 ( My Story )

青春の足跡 短編小説「さよなら」

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このFlashは、BGMです。
曲名はショパンのノクターンC#マイナーです。
戦場のピアニストで使われた曲です。


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佐々木 剛の趣味の作品 短編小説「さよなら」

さよなら さよならと
云ってしまえば それだけで
終わったのであろう
だが、それだけが
どうしても云えなかった


苦しまぎれに「これが最後だね」と
それしか 云えなかった
さよなら なんか云えなかった
あの時に あの瞬間に
どうしても云えなかった


あの時 あの場所で
あの人は微笑んでいた
そして あの人も知っていた
これで 最後だと
もう 決して逢えないと


だから 私は
あの人と同じように微笑んで
さよなら なんか云えなかった
悲しかったけど そのまま
別れてしまった

雨粒が私の髪から落ちていた。それでも私は濡れていたかった。
あの人を失くした今、そして、その時は本当に、この心を凍らせてしまいたかった。
誰に見られようとかまわなかった。
傘も無く、暗い道をゆっくりと身体の全てを雨に濡らしてみたかった。
家路を急ぎたいとは思わなかった。けども淋しかった。
無性に悲しく寂しかった。
人のまばらな福岡駅で、私は、つらかった。
電車に乗り、まばらな乗客の間で、一人ぽつんと黙りこくって座っていた。
特急電車の速さは、そう、人家の電気の灯りが次々と変わっていく。今日捨ててしまった多くの思い出のように。
それを私は直に見ているようであった。
明るいこの電車の中から暗い闇に光る多くの人家の灯りは、数々のあの人との思い出なのであろうか。
私は思い切り泣きたかった。
本当に悲しかった。
「さよなら」と言わず、あの人は笑みを投げたまま、もう別れてしまったのだ。


あの人がくれたコインは、この暖かい胸の中にしまっている。
あの人の姿が思い出されてくる。
あの人の笑みとあの窓から手を振っていた姿とバスが行ってしまった別れの瞬間が・・・。


まだ、雨は降っているのであろうか。

思い出せば、あの日は違っていた。
何もかも最初から最後までというもの別れるために逢ったというのに、不思議と何か堅い絆があるように恋し合っているように向かい合っていた。


待ち合わせの喫茶店で、彼女は相変わらず黙りこくって下を向いていた。
別れるために今日は逢っているのだと意識し、いつそれを言葉に出すのかを待っていた。
お互いに話すことはなかった。
ただ私の我儘で明確な別れの儀式に付き合っているだけだと。
交わす言葉もなく喫茶店を出て、私たちは昼食に出かけた。
店内は広くざわざわと人も多かった。
テーブルに着き食事を注文し、私は彼女のために書いた詩や訳詩を渡した。それからである。
急に二人とも話し始めた。食事がきても、食事中も食後も、笑い、話した。
店を出、映画を観ようとタクシーのりばへと歩き始めた。
彼女は私のすぐ傍を歩いた。
商店街の人ごみの中でも、彼女は笑い並んで歩いた。
だが、これは彼女の演技だろうと思っていた。

映画館を出ると、外はまだ雨であった。
もう日も落ち中洲のネオンが輝き始めていた。
私は、最後の思い出に二人だけで歩きたいと五十メートル道路を天神に向かって歩き始めた。
彼女は何も言わずついて来た。
小雨の道は少し肌寒かった。
雨水は薄く道路を覆っていた。
私は彼女の腰に手を回し、抱き寄せ歩いた。彼女は拒まず寄り添って歩いた。
時の流れは余りにも速く感じられた。
淋しさに、このままどこまでも歩いていたかった。
話す話題もなく、いや、黙っていたかったが・・・。


「ピアノ習っているんだって」
「ええ」
「俺も習いたいなあ」
「でも難しいのよ。私、手が小さいでしょう。だから、どうしても1オクターブが届かなくて・・・」


何を話しているのか、すぐそこは天神である。
ふと、屋台が目に入った。屋台でラーメンを食べることにしたが、すぐそこの別れの重さに味などわからなった。
屋台を出、人ごみの中を、天神ビルの歩道を小雨の中、足早に渡った。
バス停が見えてきた。ただ、それだけで・・・。

午後七時、彼女が帰る時間。
小雨の降るバス停でバスを待った。
別れは目の前である。
さよならという言葉を口に出せなかった。
これで最後だねと言うだけだった。


彼女は微笑みを私に向け続けてくれた。
バスがやってきた。
口を滑らしたかのように私は言ってしまった。
「喫茶店に行こう」私は喫茶店のほうに体を向けた。彼女は付いてきた。
「ここに来るのは久しぶりだね。相変わらず客が少ないね。」
「そうね。ところで、就職決まったの。」
「いや、全然。何をしようか、まだ迷っているんだよ。保母さんという仕事楽しいかい。」
「ええ。子供達がとても可愛くて。それに、園長さんが、とてもやさしくて。」


「これで最後だね」私は言った。
「・・・」彼女は黙っていた。


時計を見まいと言い聞かせていた。
だが、喫茶店の前を多くのバスが止まっては、出て行く。


「このコイン、知ってる?」と言って彼女は二枚のコインを見せた。
「万博のコインだろう?」
「これ買う時、ずっと並んで買ったのよ」


しかし、時の流れが気になった。


「これで最後ね」彼女は言った。
「これで最後だね」それしか答えられなかった。
お互い黙って相手を見つめているだけだった。


静かな喫茶店の中で、終わりが来るのを待っていた。
すぐそこに来ている、さよならを。
彼女は一枚のコインを差し出して「これ、あげる」と言った。
私は黙って受け取った。

外は、まだ小雨が降っていた。
二人は小さな軒を探し、そこに入った。
私たちは向き合っていた。不思議と微笑を頬に出して。


「これで最後だね。もう手紙も出さない。電話もしない。」それ以上言えなかった。


バスはやってきた。
そして、私たちの目の前で止まった。


その時、さよならと言えなかった。
黙って笑みを交わしただけだった。
黙って、あの人は乗ってしまった。
窓から手を振り、笑みを投げたままだった。


バスは乗降口のドアを閉め、走り出した。
私は、ただ見送るはずが、そのバスは、信号停車で止まっている。
私は、走った。
小雨の中をバスに向かって走った。
しかし、追いつくことなくバスは、また走り出してしまった。


電車は、私を乗せ走っている。
まばらな電車の中で、暖かいシートに座り、明るい照明の下で、私は一人である。


窓の外に人家の灯りが見える。
彼女は今頃、どのあたりだろうか。もう家に着いたのであろうか。
窓に私の顔が映っている。
線路の音がリズムを打っている。
私の心に重い音を響かせて。

さよなら さよならと
云ってしまえば それだけで
終わったのであろう
だが、それだけが
どうしても云えなかった


苦しまぎれに「これが最後だね」と
それしか 云えなかった
さよなら なんか云えなかった
あの時に あの瞬間に
どうしても云えなかった


あの時 あの場所で
あの人は微笑んでいた
そして あの人も知っていた
これで 最後だと
もう 決して逢えないと


だから 私は
あの人と同じように微笑んで
さよなら なんか云えなかった
悲しかったけど そのまま
別れてしまった


1971年

          
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